Photographer for all Artists.

20年の月日

1997年7月上旬から中旬にかけての約2週間、当時高校生だった僕は、青森県高校生選抜吹奏楽団のメンバーの一人として、ドイツ・オーストリアへの演奏旅行に参加しました。

1996年11月末。
青森山田高校で行われた選抜オーディション。
県内から100人近くの参加者が集まっていた。

トロンボーンは確か10人ほど来ていたはず。
一人ずつ課題曲の演奏をして、参加動機などを聞かれた面接。

僕はどうしてもこの演奏旅行に参加したかった。
理由は中学3年生の時にある。

進路調査票で、僕は【留学】と書いて出した。
音楽をちゃんと学びたかったけど、当時青森には男子が行ける音楽科のある高校はなかった。
高校に行って無駄な時間を過ごすより、僕は1日でも早く専門的な勉強がしたいと思っていた。ただ漠然と「音楽を勉強するならウィーンだ」と思ってウィーンに行く気満々だった。

もちろん僕の書いたことはそこそこの問題となり、せめて高校だけは出ると言う、結果的に説得された形で一般高校に進学した。

高校に入っても僕はいつウィーンに行こうか考えていた。
そんな時に、たまたま学校帰りに中学校の時の一つ上の先輩に会った。
その時先輩に、
「お前、あのオーディション受けないの?」
と言われ、その時に初めて知った。

翌日、学校で吹奏楽部の顧問に確認した。
受ける奴はうちにはいないと思ったから話さなかったらしい。
ほんと、あの時に先輩に会わなければ、僕は参加することはできなかった。締め切りはもう目の前だったからさ。

急いで応募用紙に記入し、郵送では間に合わないから問合せの窓口だった高校にFAXで送った。

オーディションの日は寒く雪のちらつく日でした。
正直言うと、僕はうまく演奏ができなかった。ダメだと思ってた。
だけども1週間後、合格通知が届いた。
後日ある先生から言われたのが、「留学したいって行ったのがお前だったからと、俺はお前の音が一番良かったと思ったから」と。
その先生に「転校してこないか?」と、あとになって言われた時は嬉しかった。

月一の合宿練習を経て、僕たちは一路青森からバスで成田へ向かい、飛行機でドイツへ。ミュンヘンで一泊して、そこからバスでの移動&コンサートの日々。

最後に演奏したのがウィーン。
僕が憧れていた街。

そこでウィーン青少年音楽祭に参加し、世界中のいろんな音楽を聞いた。
アメリカのバンドのレベルの高さを感じたし、各国のいろんな音楽に触れることができた。

その時に思ったのが、

「僕は急ぎすぎてたな」

と言うこと。
もう少し日本でできることをやってからでも遅くはないと思った。
高校卒業後の留学を諦め、僕は音大進学を決めた。

先日、20年ぶりにウィーンに仕事で行った。
あの時の記憶を頼りに街を歩いた。ウィーンで滞在していた学生寮も行った。
でも僕はどうしても行きたかった場所があった。

ウィーンで演奏したホール【Austria Center】
かすかな記憶が蘇ってきた。

この日はほとんど人が周りにいなかったけど、あの時と変わらず日差しが強い。懐かしかった。

あの時のメンバーがまた揃うことはもう二度とないかもしれない。
それに音楽を続けているメンバーなんてもう数人くらいだろう。
でも、20年ぶりにウィーンにこられたことは僕にとっては物凄く大きなことだった。

facebookで繋がってるメンバーもいるけど、それは本当にごく少数。
僕自身が楽器から離れてしまったけど、またいつか、みんなとあの時演奏した曲をまた吹きたいと思っています。

みんな、元気してるかな。
(参加したトロンボーンメンバーと)

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